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1985年の異常な世界
 今日は「1985年のクラッシュ・ギャルズ」の感想文。柳澤健の前作「1976年のアントニオ猪木」が面白かったので、読むのが楽しみでした。

 違和感を感じたのは、「ライオネス飛鳥と若手が作る騎馬に乗って長与千種が入場」という一文でした。これって飛鳥より千種の方が遥かに上ってこと?プロレスでタッグを作る場合、「帝王学、英才教育を伝授」という名目でメインイベンターと若手が組む場合がありますが、それでもここまでの差は着けません。差をあからさまに見せつけるとファンは失望しますし、下に置かれた選手のモチベーションが下がるからいい試合ができるわけがない

 なぜここまで差を着ける、飛鳥と千種って同じぐらいの年齢、年数じゃなかったっけ?と思いましたが、クラッシュ・ギャルズの構図は全女史上トップクラスのアスリートであった飛鳥を、全女史上トップクラスの演出家である千種が操るというものだったとか。飛鳥と千種に差が着くのも納得です。スコアもポイントもないプロレスに必要なのは、相手を操っていい試合をして、ファンを湧かせる演出力ですから。

 アスリートとしての資質に恵まれても、このことに気づかず、わからないで芽が出なかった選手がどれだけいたことか。演出力は単純に体を鍛えて、技を覚えても身に着くものではないので、改めてプロレスの難しさを思い知らされました。千種は宝塚を見て演出を学んだそうです。男子を含めて、練習をしても演出を学ぶ発想がないレスラーが千種に勝てるわけがない

 飛鳥が演出の大事さを学んでプロレスが楽しめるようになったのは、クラッシュ・ギャルズが遠くなった90年代後半でした。その頃には地上波で中継して、クラッシュの二人がライブツアー()をやって大衆的な人気があった80年代後半の熱さは無く、女子プロレスは限られたファンが楽しむマニアックな世界になっていました。

 一般的に競技者として最も成熟したときが稼ぎどきであり、人気がピークになるものです。しかし飛鳥はプロレスがわからなかったときに稼ぎどきと人気がピークになって、わかったときは稼ぎどきと人気は過ぎていた皮肉。これはあまりにも残酷でした。読んでいて呆然としましたよ。

 飛鳥が競技としてのピークを満喫するとき、千種は自分が育った「ロクに技術を教えずハードな巡業を続ける全女」を反面教師に、「徹底して技術を教えて、体調を重視して試合を月数回に絞ったGAEA JAPAN」で第二の千種を作ることを試みますが、失敗に終わります。最も期待した里村明衣子はカリスマになれませんでした

 天才、スーパースターを作るには異常な負荷を掛けないといけないってことね。つまり意図的に天才、スーパースターは作れません。狂気といっていい負荷に着いてこられる体力、精神を持ち合わせる人間など皆無に等しいでしょう。

 飛鳥、千種の他に当時クラッシュに熱狂したファンの目線からも語られます。プロレスがわからず精神的に追い詰められた飛鳥が頼ったミュージシャンを、「飛鳥をおかしくしたのはあいつだ」とファンが憎むのはわかりますが、そのファンが「飛鳥が好きならしかたがない」とミュージシャンの音楽を聞きまくったという一節が理解不能でした。ファンからしたらクラッシュが全て、黒でもクラッシュが白といえば白という価値観で生きてたんだ。クラッシュを理解するには、愛情を通り越して信仰の域に達さないといけないんだ。

 プロレスの難しさ、クラッシュの巨大さに圧倒されつつ呆然としながら一気読みました。次は「1993年の女子プロレス」を読みたいな。
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テーマ:書評 - ジャンル:本・雑誌

[2012/03/26 21:26] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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