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木村政彦~の書評三つめ
 今回もおつき合い願います。700P、二段組みの本だから語るところ多すぎて。今回は格闘家としての木村政彦を書こうかなと。

 木村政彦は戦前不敗を誇ったということは前にも書きました。木村政彦の凄さは単に柔道が強いということではなく、総合格闘技(MMA)を意識していたということです。

  木村は現役時代に巻藁突き一千回やっていました。そう柔道には全く関係のない打撃のトレーニングです。今でも、自分のプレーに取り入れるために他の競技を練習したり、アップのために他の競技をやったりすると聞きますが、自分の競技には全く関係ないミット打ちを一千回やるアスリートなんているわけない。しかも毎日。

 一見ナンセンスなことをなぜやったかというと、木村が実戦色の強い古流柔術出身ということが大きいです。元々柔術は武士の格闘技なので実戦で使えないと意味が無い、どんな相手でも戦えないといけないという発想ですね。わかりやすく書けばグレイシーがこれに当たります。グレイシーが初期MMAで強かったのは、ストライカーは打撃だけ、グラップラーは組み技、グラウンドだけしか対応できなかったのに、グレイシーだけどっちも対応できたからです。

 この考えは引退後拓大の監督になってからも変わらず、部員をボクシングジムに連れて行ってスパーリングやらせたぐらいです。木村には「柔道には打撃はないから、打撃をやらせるのはナンセンスでは?」と言ったら、「柔道家にしか使えない柔道じゃ意味が無い。どんな競技に勝ててこそ武道」と一喝されただろうな

 木村が存命の内にUFCが始まっていたら、「これが理想の格闘技」と目を輝かせたでしょうし、「自分がもっと若かったらやるのに」と残念がり、「こういう戦いで勝ててこそ柔道」と弟子を参戦させただろうな。もし生きていたら石井慧になんていうだろうね。MMA参戦を嬉しがる一方で、もっと打撃、下半身の関節技を練習しないと勝てないと渋い顔をするだろうな。

 木村が現役の頃は柔道は五輪競技になっていなかったことを含めて、生まれるのがウン十年早すぎた人だったと思います。

おまけ

 木村の弟子は石井慧が総合参戦するとき、「柔道家が総合のルールに対応するのは大変だからと」止めたらしいです。ルールの違いだけじゃなく、金メダルを取っても総合で負けることで世間的に「総合で負けた人」としか見られないことを心配したんだろうな。力道山戦後の木村の扱いを見ていればわかります。

 総合に参戦するときは、参戦後の結果で世間の見方が残酷なほど変わるということを覚悟しないとできないだろうな。メダルを取って総合、プロレスに参戦した後世間から悪く見られていないのは吉田と小川ぐらいだし。

 でも、ブックがなく、リング外での駆け引きもない現代の総合だったら木村は喜んで参戦しただろうな。それなら失敗しても自分を責めることもなかっただろうし。木村の柔道と総合を見たかった
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テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

[2012/01/14 23:16] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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