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クラシック詳細
 ホントにやるの?と半信半疑だったクラシックの詳細が来ました。

ライオンズは栄光の歴史だけを刻んできたわけではない。.
光の裏には、同じ数だけ影がある。.
人は眩いばかりの栄光の軌跡を記憶し、挫折の日々を忘れてしまう。.
61年のライオンズ史を未来に語り継いでいくうえで、目を背けられない時代、それが「太平洋クラブライオンズ」。 .
球団滅亡の危機、逆襲の獅子という魂、ファンを魅了するプロとしての精神。.
ライオンズ史上、最もどん底で、もがき苦しんでいた時代を復活させることで、.
「暗」から目をそらさず、確固たる精神を持ち、伝統を継承していくために・・・


 仰ることはごもっともなんですが、わざわざやらなくてもいいような。マゾと紙一重というか、マゾそのもの。営業は暗黒期を復刻して喜ぶファンはいるんだろうか?という発想はなかったんだろうか?

第1章『パ・リーグ苦難の時代』
~ライオンズ消滅の危機~


 ハナからこれかよ。君らマゾだろ。相手が合併を経験したバファローズというのは狙っているんだろうか?

第3章『仕掛けられた遺恨試合』
~暴徒と化したファン~


 遺恨をデッチあげる(アングルのことね)ことで盛り上げようとしたんだけど、ファンがマジギレして機動隊が来たって黒歴史ね。プロレスファンは遺恨はアングルだってことを知ってて興奮するけど、プロ野球ファンは遺恨がアングルってわからない(そりゃそうだ)から暴動になったってことね。プロレスファンとプロ野球ファンの気質の違いが両チームのフロントがわかっていなかったのがイタかった。

第4章『戦いを彩った球場』
~名勝負を演出した、今は無き球場たち~


 これは面白そう。個人的には、日本で初めてバリアフリーを実践したと言われる、東京スタジアムを取り上げて欲しい。東京スタジアムは見やすかったけど、狭いヒッターズパークでホームランがガンガン出たらしいよ。

 僕が野球を見始めて球場が変わっていないのはパリーグではライオンズだけか。歳取るわけだよ。

第5章『ファンサービスの原点』
~球団存続のために~

 いったいなにをやったんだろう?気になります。

 クラシックの主役、ユニですが、

1973年に発足し、ビジター用に赤い上着の日本球界初のカラーユニフォームを採用して、センセーションを巻き起こしていた太平洋クラブライオンズが、さらに夏場からホーム用として赤い袖のセカンド・ユニフォームを採用した。

 悪評高いアメフト形は不採用でよかった。当時もセカンドユニってあったのね。知らなかった。そういえば現行ユニ以外のユニを着るようになったのはいつからだろう?以前はライオンズ札幌限定とか、ドラサンデーユニとかあったけど、流行りだしたのは2005年以降だよなあ。知っている人いたらコメ残してください。

 僕はさすがに太平洋時代はサッパリわかりません。時代背景を知るためには初期の「あぶさん」を満喫とかブックオフで読むしかないような気がする。「あぶさん」はちょうど太平洋初年度の1973年連載開始だし。ちなみに初期あぶさんは酒好きの野球選手じゃなくて、アル中が野球やってる話ですから。あぶさんの震えている手がバットを握ると震えが止まるって危ないだろ。こんなやつ入団させるなよ。

 この頃の御大の絵はタッチが荒くて野性味というか、ワイルドで迫力あります。今はアシが修正しているからかキレイになって野性味がないんだよなあ。御大がよかったのは、「ストッパー」までというのは一般常識。
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テーマ:西武ライオンズ - ジャンル:スポーツ

[2010/05/14 22:43] | ライオンズ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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