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1955年のジャイアント馬場
 久々の更新。年末だからいろいろ忙しくて。短文でいいから、毎日続けることって凄いなと次ぐ次ぐ思います。

 「1964年のジャイアント馬場」を読了したので、感想を書きます。馬場が巨人の選手だったということは知っていますが、二軍ながらも、二年連続で最優秀投手(ファームの沢村賞みたいなものだろうか)を取る有望な若手だったことに驚きました。そう、馬場は50年早かったダルビッシュだったのです。

 現在ならダル、藤浪、大谷と長身の投手はいるし、テレビやネットでメジャーの長身の投手を研究することは可能ですが、50年前に190cmを越える長身の投手はいなかったと思うし、メジャーの投手を研究することもできなかったでしょう。つまり、長身の投手を教えられる現代と違って、50年前は長身の投手を教えられることは不可能だったと思います。

 おそらく、馬場は独学でフォームの研究をしたはずです。そうじゃないとファームで二年連続最優秀投手を取る有望な若手になれるわけがない。馬場の頭のよさが伺えます。

 馬場が一軍に上がれなかった理由として、「巨大な馬場がグラウンドに出た瞬間に、真剣勝負であるプロ野球が見世物になるから巨人の首脳陣は馬場を使わなかった」と書かれています。もし、巨人の首脳陣が「体格は関係ない、野球が上手かったら使う」という柔軟な考えなら、馬場は一軍でプレーしたでしょうし、もしかしたら巨人のエースになっていたかもしれません。

 馬場がプロ野球選手として成功したら、プロレス転向はなかったし、指導者として球界に残ったと考えられます。歴史のIFって凄い。「真剣勝負のプロ野球と違って、プロレスはショーだから」と馬場のプロレス転向を喜んだ力道山の話はまた後日。面白い本だったので、数回に渡って感想を書くつもりです。
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[2014/12/20 23:19] | スポーツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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