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木村政彦はなぜ節制をしなかったのか。
 「『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を再読したので、感想文書きます」と予告したので、書きます。狼少年とは言われたくないしね!

 再読して思ったのは、木村の力道山に対する態度が一貫しなかったことが、力道山に惨敗するという生涯最大の屈辱を招いたのでは?ということでした。そもそも木村×力道山戦は、ジョバー(負け役)ばかりやらされた木村が「真剣勝負なら力道山に負けない」と発言したのがきっかけです。

 その後、「一回きりの対決では儲からないし、面白くないから二、三回やろう」という大人の理由で木村×力道山戦にブックが設定されます。なぜ木村は「ブックのない真剣勝負じゃないとリングに立たない」と突っぱねなかったのか。力道山のバックに着いている黒社会の人間を恐れたというなら、木村にも黒社会の人間がバックに着いているので、もし力道山側の黒社会の人間が木村のもとに来たとしても、木村側の黒社会の人間に身辺警護ぐらいはやってもらえるだろうに。

 木村は力道山戦を受けた後、「八百長ではないプロレスを普及するため、この試合の後各地を巡業するつもりだ」(下巻P367)と語っています。もしこれが後の総合格闘技のようなものを指していて、そのためにも力道山戦でいい試合をやらないといけないという意味なら、なぜ決戦前夜に大酒を飲むのか

 戦前の木村は「数日前から練習量を減らす」とか「爪は三日前に切る」とか「風邪をひくといけないから、数日前から風呂には入らない」とか「精神を落ち着けるために吉川英治の『宮本武蔵』を読む」とか節制して試合に臨んだと聞きます。力道山戦を総合格闘技のような理想のプロレスをやる第一歩ととらえるなら、戦前のころのように節制をしないといけないでしょう。

 読んでいて、ただなんとなく試合に臨んだ木村と、プロレスをスポーツの一ジャンルとして確立しないといけないし、プロレスで成功しないと日の当たる世界に出られないと考えた力道山では姿勢、考えが違いすぎるので非情な結末を迎えたのもしかたがないのではと思えてなりませんでした。

 もし木村が「理想のプロレスを実現させるためにもいい試合をしないといけない」と節制して試合に臨んだなら、力道山を返り討ちにして、プロレス史、スポーツ史が変わったかもしれないと思うと残念です。
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[2014/06/09 21:33] | サブカル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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