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鉄腕稲尾を検証した
 マルハーンの退団以来背番号24を誰も着けないのを、「若くていい番号なのになぜ?」と疑問を持っていましたが、今日解けました。納得です。

> プロ野球・西武が、前身の西鉄でエースとして活躍し、「鉄腕」と呼ばれた稲尾和久氏(07年に70歳で死去)の背番号「24」を永久欠番にすることが28日、わかった。関係者が明らかにした。5月上旬に正式発表する予定。西武が1979年に球団を保有して以降、永久欠番を設けるのは球団史上初めて。

 ライオンズの"3"や"7"のように、スターが背負った番号は次代のスターが継承するのがいいと思っているので、永久欠番は好きじゃないです。でも稲尾の24を永久欠番にすることは西鉄と和解を形にしたと解釈できるので、24を永久欠番にするのは納得です。

 ONはチームの指揮を取ったころを知ってるので少しは語れるところもありますが、稲尾は僕が野球に興味を持ったときオリオンズの指揮を一、二年取っていただけなので、全く語れないです。本や記録でしかたどれない、文字どおりの伝説と言った方がいいでしょう。

 このまま終えるのも寂しいので、記録を見てみました。キャリアハイといっていい、プロ六年目1961年の成績は、登板数78、42勝、404回、防御率1.69

 なんなのこの化け物。登板数78の内訳は先発30、リリーフ48、完投25って一人でローテとブルペンを回していたのか。鉄腕の意味がやっとわかった。去年の最多イニング数はダルの232回と比べると404回の異常さがよくわかる。ダルを170回上回ったってことは、ダルより余計に18試合完投したってことか。ありえない。

 200勝をクリアしたのはプロ七年目って。今だったら七年目で100勝クリアしただけで凄いのに。プロ一年目から8シーズン20勝以上なんてありえない。この年代のプロ野球の記録ってアンタッチャブルすぎて着いていけないです。

 稲尾の記録をザッと見て、これだけの選手を今まで永久欠番にしなかったのがおかしいとしか思えませんでした。残念なのは、"3"や"7"のように、"24"を次代のスターに継承できなかったことでしょう。東尾、工藤、渡辺久信、西口、松坂、涌井と歴代のエースが"24"を背負うことはなかったし。これはライオンズが西鉄と和解するまでに、30年掛かったことと無関係ではないので、どうにも言えませんが。

 ともかく、稲尾の異名、鉄腕の意味がよくわかりました
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テーマ:埼玉西武ライオンズ - ジャンル:スポーツ

[2012/04/28 23:36] | ライオンズ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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